デイジー2周年記念ショートストーリー
「Surprise!」

 

<カズフミの場合>

――辛坊カズフミは困っていた。
原因は両手に抱えた黄色や水色や桃色の、大小様々な包みにある。
今日はちょっとした記念日で、
いつも世話になっている相手に贈り物でもしようかと、街へ出たまでは良かった。
しかし若者向けの店の前に来た所で、はたと足が止まってしまう。
……何を買えばいいんだ?
チョコレートが好きなことは知っているが、それ以外となると難しい。
だいたい何をあげても、ヒナは本当にうれしそうに喜んでくれる。
とても助かるしそんな彼はとても愛らしいのだが、気を遣わせてばかりもいられない。
ヒナはいつも、カズフミのちょうど欲しいものを贈ってくれるから尚更だった。
この間も、財布がくたびれてきたと思ったころに新しいものを渡してくれたし、
そういえば靴下やワイシャツなども穴が開いたところを見たことがない……と気づいて少し情けなくなる。
ヒナはよく自分を見てくれているというのに、自分ときたら。

店の前で自責の念に駆られていると、店員に声をかけられてしまった。
贈り物を探しに来たと伝えると、「息子さんにですか?」と微笑まれる。
ヒナは、親友の忘れ形見だ。
実の息子のように思い、大事に守ってきた小さな子供は、
いつの間にか成長し、独り立ちする年齢になっていた。
もう守らなくていいのだと告げられた時のショックは大きかったが、
今でも変わらず、彼はカズフミの大切な家族で――そして今や、恋人でもあった。
戸籍は移してないとはいえ、長く養父と養子の関係だった二人だ。年齢だって離れている。
他人に堂々と公表できる関係ではないし、
凝り固まった年寄りの頭では処理が追い付かないところもあるのだが、
どんな形でも、そばにいられればいいと言ってくれたヒナに応えるためにも、
いつかは胸を張って、唯一の相手だと言えるようにしたいと密かに決意している。
部下の芦川がそういった法律関係に詳しいらしく、今はあれこれと指導してもらっている所だ。
ヒナは何かと芦川を敵視するので、黙ったままでいるのだが。

首を傾げる店員にはそんな所だと答えて、大切な相手だから協力してほしいと付け加える。
ヒナが好む服装や色などをおぼろげながらに伝えると、店員は張り切ってフロアを駆け回り始めた。
その結果、カズフミは抱えきれないほどのプレゼントを手にして困るハメになるのだが――
まあそれもいいかと、ヒナにならった柔軟さで笑い飛ばすことにする。

ところでお前、遊び慣れてると言っていたが、俺が触れると固まってしまうのはどういうことだ?
怖がらせたくはないのだが、少しは慣れてくれると嬉しい。

***

<イチカの場合>

――越場イチカは捌いていた。
それも、もの凄い勢いで。サロンの客の話である。

今日は午後からちょっとした祝い事があって、勤め先のヘアサロンに半休申請を出していた。
そんな日に限って飛び込みの客が多く来るもので、
イチカはシャンプー、カット、カラーにスタイリングと休む間もなく動き回っていた。
時間を心配するスタッフに、大丈夫と笑みを返す。
元々店から直行するつもりで準備をしていたから、ギリギリまでは対応できるはずだった。

今はロッカーに隠しているプレゼントは、真っ赤なアネモネの花束。
記念日に花束なんてキザな真似だと思うが、ヒナも言う通り「ムカつくけどキザなのが似合う」自覚はある。
いっそタキシードにリムジンで迎えにでもいくか、爆笑されそうだけど。
イチカの可愛い恋人は色気より食い気の男で、贈り物となると好物のチョコレートを望むことが多かった。
あとは靴が壊れただの、ジーンズが古くなったから換えたいだのという訴えがあるため、
イチカも大抵はそういった、実用の品々を贈っていたものだった。
今回はサプライズなので、イチカ自身の意思で選んだプレゼントだ。

ヒナから、プレゼントのリクエストを聞かれたことがあった。
長く飼い主につけられていた首輪は外してしまった後だったので、新しいものをと望んだら、
「ヤダ。犬を飼った覚えはねぇ」と怒られてしまった(最終的にピアスを贈られた)。
ろくに食事をとらないイチカを見かねたのか、頼んでもいないのに料理をしてくれることもあった。
最初は遠慮していたが、外食ばかりの身にはシンプルな手料理が有難く
(見た目シンプルでも手は込んでるんだからな――とはヒナの言葉)、
今やすっかり舌を教育されたのか、ヒナの手料理が一番美味いと心の底から思うようになった。
……その銃で撃て、も。俺を捨てろ、も。
イチカのあらゆる望みを叶えてくれなかったヒナは、
しかし心のどこかで願いつつ口には出せなかった望みを、いつだって掬い上げてくれるのだった。

……男前だねホント。情けなくなるけど。
自嘲のつもりの笑みを見て、「何かいい事でもあったんですか?」と客が笑う。
「いえ、これからあるんですよ」
悪戯めかして片目をつぶったところで、仕上げのスタイリングが終わった。
結果的に10名ほども捌いただろうか。新記録だなと笑って、花束片手にサロンを飛び出す。

俺はいくらでも嘘をつけるし、これからも騙していくだろうけど、
たまには偽りのない本音を。
赤いアネモネに忍ばせた言葉を、最後の恋人に贈る。

***

<アヤトの場合>
――百合崎アヤトは緊張していた。
新事業に関わる試作品と、恋人へのプレゼントが、先ほど一気に完成したからだった。

百合崎グループがメインとなるIT事業に加え、電子玩具の開発を始めたのは最近の事。
ミミズグをイメージしたドローンカメラや、PCと連動させるペットロボットなどを売り出してきたが、
今回は製菓企業とコラボレーションすることになった。
第一弾は、子供に大人気の駄菓子『デイジーちゃんチョコ』型の腕時計だ。
キッズ向けだけではなく大人サイズも試作した理由は、
幼い頃デイジーちゃんチョコに親しんだ大人もターゲットにしたいから――と社内では説明していた。
もちろん嘘ではないし勝算もあるが、
手っ取り早く本音を言えば「デイジーちゃんチョコをこよなく愛するヒナのため」だった。

ヒナは、ああいう性格の割にあまり多くを望まない。
アヤトは望まれれば何だって買ってあげるつもりでいるのだが、
いつも「無駄づかいすんな」と怒られてしまうので、プレゼント選びは慎重に行っていた。
そう言うヒナも「リリィって何でも持ってそうだからなぁ」と贈り物には頭を悩ませているらしかったが、
実はアヤトが一番喜んでいるのは、ふだん気まぐれに貰う品々だったりする。
ヒナが遊びに来るたびに持参されるそれは、ヒナ曰く「お土産」らしく、
海に行けば拾った貝がら、新しいバーで飲めば店のコースター、
盗みに入ればそこにあった銅像の目(?)――など、取るに足りないガラクタのような物ばかりだった。
でも、ともすれば屋敷にこもりがちなアヤトにとって、そのガラクタたちは新鮮で、
ヒナの経験や、その場の空気を共有できるようで、ひそかな楽しみになっていた。

本当はどこへでも一緒に行きたいのだけれど、
グループの運営がようやく軌道に乗り始めたタイミングでは、そういう訳にもいかない。
夜ならまだ融通が利くのだが、年齢的にバーには入れないのが悔しいところだ。
大人になるまであと数年。その頃には、彼の背を追い越しているといいなと思う。
そうしたら、彼を表舞台に引っ張り出してしまおうか。
高確率で遠慮されそうだが、何かと理由をつけて丸め込む自信はあった。

デイジー。アヤトの世界を壊してくれた泥棒。
アヤトに自由と、自分の足で立つ責任を教えてくれた恩人。そしてかけがえのない恋人だ。
彼への想いを込めるには、たったひとつのプレゼントは小さすぎるかもしれないけれど。
……中を見て、驚くだろうか。それとも、気に入らないと怒る?
あの笑顔で喜んで、リリィと呼んでくれたら嬉しいな。

自由なあんたがその気ままさで、例えば遠くに逃げたとしても。
今度は僕が盗みに行くから、どうか覚悟していてほしい。

***

<ヒナの場合>
――永野ヒナは、大きく伸びをした。
ささやかなパーティーの準備が一通り終わったのだ。

「あとはコレが焼けたら、冷やしといたアレ出して飾って……。
うっし、間に合いそうだな」
今日は誕生日でもクリスマスでもないが、ヒナにとっては大事な記念日だった。
彼らと出会った、騒がしい日常の始まりの日。
改めて感謝を伝えるのは気恥ずかしくて、ごまかしたくなってしまうけれど。
こういうときは正面から。
出会ってくれて嬉しいと。
これからも世話になるからと――そんな気持ちを込めて。

到着を告げるチャイムが鳴り、冗談半分で買ったクラッカーを携え玄関に向かう。
ドアを開けると、まばゆい光が差し込んで――
パァンという軽快な音と紙吹雪、「おめでとう!」と笑う彼らがヒナを迎えた。
カズフミさんは溢れそうなプレゼントを持って。
イチカは、キザな花束がムカつくほど似合っていて。
リリィは珍しく、ちょっと照れくさそうにして。
それぞれが今日と言う日を大事に思ってくれているのだと伝わって、ヒナはじんわりと嬉しくなる。
「サプライズ、やんのこっちのつもりだったんだけど……まあいっか」
苦笑して、ヒナもポンとクラッカーを鳴らす。

「おめでと。ありがとなっ!」

 

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「デイジー・チョコレート・トリック」
配信2周年、誠にありがとうございます!!
(イラスト:iwaoka、文:ササキムリ)